水と彼女の子



水の無い場に 彼女はいた。
湿潤だったその場は 彼女が幼少の頃からいた その場は
隙間をふさがれ 水はもう来ない
彼女達に必要な水は無くなり 渇きが襲い始める。
常時必要な 湿潤の空気は無くなり始め
いなくなり始める。亡くなり始めたのだ。

彼女の同胞は亡くなり始めた。
からだに水分の少ない小さな者から。弱い者から。
大きく成長し切っていた 水分を多く持つ 彼女だけは限界までそこにいた。
あまり動きたくなかったのだ。
腹に子を携えていたのだから。
でも限界だった。
子を蝕むほど乾燥は進んでいた。
死んだ同胞を踏み越え 移動を開始し始めた。
ゆっくりと足を動かして。

黒。彼女のその色の体に日が射す。
ずっと浴びていない光だった。苦痛だった。
もう何年も水気の入る隙間にいたのだ。
そこには光は無く 彼女達は長い時間を経て光を嫌うようになった。
祖先からの積み重ねがそうさせた。
あまりに強い日差しに 急いで立ち去ろうとした時だった。
水があった。
数限りない水があった。見た事の無いな波をたたえて。

水に近づいてゆく。
体の中に水を入れたくて。携えた子に潤いを与えたくて。
でも
水面と彼女のいた地面とに 大きな高低差があったのだ。
崖があったのだ。
足は滑り落ちる。
水に落ちた。膨大な水の中に。

もがき苦しむ。
あまりに大量の水が体の中に入ってきて。

数多くの 左右対称に生えた数十本の足は水を掻く。
何とか上に昇ろうと 崖に足をやるものの ただただ滑り 数十本の足は 虚しく動く。
虚しくあえぐ。

虚しく希望を持つ。
彼女は死を覚悟し、腹に携えた何匹かの子を産んだ。
光と水に襲われる彼女は 死ぬであろう彼女は 子が生き延びるのを願い 産み落とす。
光と水に襲われる ここに。
処刑場でしかない ここに。
大きな体を持つ彼女ですら生きていけない ここに。
彼女の子は産まれる。

子が産まれて初めて見たのは 襲い狂う水と嫌悪する光だった。
見た物は 地獄だった。
自分が死ぬ 地獄だった。
親が死ぬ 地獄だった。
初めて感じた事は 自分が死ぬという感覚だった。

彼らに必須だった水は 彼らの命を奪う。



膨大な水をたたえた 風呂の中
黒ずんだ大きな虫が 溺れ死んでいた。
微細な まだ半透明の虫と共に。
底に沈み
おかしくなる様な 生暖かいぬるま湯の底に
沈み わずかに体を浮かしていた。

それは彼女と その子達だった。


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